男子第64回大会の記事

山梨学院大付V 大牟田、1秒差2位

1位でテープを切る山梨学院大付の西山令選手。後方は2位・大牟田の鬼塚、3位・伊賀白鳳の中畑
1位でテープを切る山梨学院大付の西山令選手。後方は2位・大牟田の鬼塚、3位・伊賀白鳳の中畑

フィニッシュ直前まで4校が大接戦を繰り広げた末、山梨学院大付(山梨)が2時間3分53秒で初優勝。大牟田(福岡)は1秒及ばず2位で、10年ぶり入賞。6位の小林(宮崎)は2年連続の入賞となった。

男子レース経過

山梨学院大付がアンカー勝負を制した。1区上田、2区小林が区間2位で好位置につけると、その後も安定して上位をキープ。6区の矢ノ倉が1位世羅(広島)から3秒差の3位に押し上げ、アンカーの西山がトラック勝負で競り勝った。大牟田は1区16位から徐々に浮上し、首位から15秒差の4位でたすきを受けた7区の鬼塚が追い上げて2位。4~6区で区間賞を奪った伊賀白鳳(三重)が3位、3区でトップに立った世羅は逃げ切れず4位だった。

■ レース評

3年かけ磨き上げ

ゴール直前まで競り合う山梨学院大付の西山ら
ゴール直前まで競り合う山梨学院大付の西山ら

山梨学院大付の初優勝は、3年で磨き上げた結晶だった。

3年連続3区の河村が言う。「1、2年でも走ったので、どこで苦しいかが分かる。(理想的な)コースの位置取りもできた」。箱崎監督は1年時から起用した3年生の適性を見極め、5人全員を昨年と同じ区間に配置。河村は世羅・カマイシとの差を46秒でしのぎ、アンカー西山はトラック勝負を制した。

根底には、同学年での切磋琢磨(せっさたくま)がある。高校駅伝は地元出身者で固めるチームも多いが、山梨学院大付は市谷が石川、西山が愛知と県外出身者もいる。地元出身の上田の誘いに応じた形だが、市谷は「仲間でいる前にライバル」とチームメートを評する。市谷は、中学で1500メートル全国王者に輝き「雲の上の存在だった」上田を目標とした。中学時代は無名の矢ノ倉、河村も彼らの背中を追った。

大学の付属校ならではの強化策も実を結んだ。選手は普段、箱根駅伝常連の大学生と同じトラックで練習し、スピードを目の当たりにした。夏合宿や大会前は大学生に食らいついて走り、都大路の経験談も聞いてアドバイスを受けた。

駅伝は先行逃げ切りが定番だが、山梨学院大付は後半重視のオーダーを組んだ。それでも4区まで2位をキープ。築き上げた選手層の厚さが、逆転劇の基盤となった。

西山がしみじみと語る。「生きてきた人生の中で一番の宝物。最高のたすきだった」。それはこの日の42.195キロだけでなく、3年間の長い旅路の末につかんだ栄冠だった。

【新井隆一】

◎ トピックス

思い交錯、最後は経験

最後のトラックに入っても、4校がひとかたまりだった。山梨学院大付、大牟田、伊賀白鳳、世羅。大会史上まれにみる大激戦は、残り約200メートルで山梨学院大付の西山令(りょう)(3年)が抜け出す。残り100メートルでもう一段ギアを上げ、全力疾走。両手を掲げ、「一番」を示す指1本をそれぞれ立てて優勝テープに飛び込んだ。報徳学園と西脇工の兵庫県勢同士が同様にフィニッシュ直前まで争い、1秒差で報徳学園が優勝した第40回大会(1989年)の名場面をほうふつさせた。

4人の思惑が交錯した。首位と15秒差を追いつきながら振り切られた大牟田・鬼塚翔太(1年)は「(先に)もう少し早く仕掛ければよかった」と2位を悔やむ。3位の伊賀白鳳・中畑亮人(りょうと)(2年)は「勝ちたい気持ちで、他に負けた」。6区までトップで、残り2キロ付近で仕掛けながら4位に敗れた世羅・中島大就(なかしまたいじゅ)(1年)は「自分が弱くて情けない」。

一方、西山は「ついてくるのは分かっていた。最後200メートルからスパートと、走る途中で決めた」。昨年も同じ7区で区間賞を獲得。経験に裏打ちされた勝負勘でわずかに上回った。

山梨学院大付の「物語」は、西山らが中学3年の時に始まった。全日本中学校選手権1500メートルで優勝経験を持つ1区の上田健太が「駅伝は一人では勝てない」と考え、全国大会などで知り合った西山や4区の市谷龍太郎らに「一緒にやろう」と声を掛けた。共通の夢は「3年生で日本一」。西山、上田ら現3年生5人は3年連続出場で、一昨年は24位、昨年は8位。着実に階段を上り、夢を結実させた。

【新井隆一】


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