男子第42回大会の記事

【「全国高等学校駅伝競走大会 50年史」(全国高等学校駅伝競走大会実行委員会・2000年5月発刊)より抜粋】

現在の校名・旧校名一覧

大牟田3年ぶりV

1位でテープを切り、ガッツポーズの大牟田、古賀
1位でテープを切り、ガッツポーズの大牟田、古賀

第42回大会は3区で首位に立った大牟田が安定した走りで逃げきり、2時間6分47秒で3年ぶり4回目の優勝を果たした。女子も筑紫女学園が初優勝し、史上初の同県勢男女優勝となった。

市船橋は追走及ばず2位だったが、初出場以来7年連続の入賞を果たした。30年ぶり4人目の「花の一区」連続制覇を遂げた市船橋・渡辺康幸の快挙も光った。上野工は同県勢過去最高の4位に入る健闘をみせた。小林が3位、西脇工が5位に入った。

■ レース評

市船橋・3区間賞実らず

3区折り返し手前で大牟田の川波(右)市船橋の嵐田を抜き先頭に立つ
3区折り返し手前で大牟田の川波(右)市船橋の嵐田を抜き先頭に立つ

前半重視のオーダーを組んだ大牟田が、思惑通りのレース運び。区間賞は1つながら、安定した走りでテープを切った。

「花の一区」は高校総体、国体と長距離レース総なめの市船橋・渡辺がトップ集団をけん引し、例年以上に速い展開。4キロから5.5キロにかけ、食い下がっていた白石・前田了、大牟田・磯松らがふるい落とされて渡辺の独走に。2年連続1区トップで2区に渡った。市船橋は2区も小栗康がスピード豊かな走りで差を180メートルに広げたが、3区で嵐田が後半力尽きた。猛追の大牟田・川波が7.3キロで並び、最後は約80メートル差をつけた。大牟田は4区・村瀬も快調、市船橋との差は150メートルに開いた。後続は目まぐるしく順位が変わり、この時点で小林が3位に浮上した。

懸命に追う市船橋は6区で麻生が一時は50メートル差に肉薄したが、それ以上詰まらない。逆に大牟田のアンカー古賀が最初から飛ばして逃げ切った。市船橋は3区間で区間賞をとりながら、層の薄さから2位どまりだった。

主将の決断に選手発奮

この2年間、4位、2位と優勝校のわき役でしかなかった大牟田が、「守り」から「攻め」への切り替えで日本一に返り咲いた。

レース前夜のミーティング。大見監督は迷っていた。驚異的な10,000メートルの高校記録を出したばかりで区間トップ間違いなしと、別格視されていた渡辺(市船橋)にどう対応するか。答えは二つに一つ。「痛手を覚悟で、つけるとこまでつく」か、「力を抑えた安全策を取り、自重する」か。

レースの流れを大きく左右する最長区間の1区へ久々に登場した超エースの存在に、大見監督だけでなく、優勝を狙う有力校の監督たちは苦慮し、決断を迫られていた。

大牟田の1区を任されたのは主将の磯松。

8月の静岡インターハイ5,000メートル、10月の石川国体の10,000メートルのビッグレースで、磯松は2度渡辺と対戦したが、いずれも大差をつけられて2位、4位。特に1区と距離が同じ国体では、8,000メートルから渡辺のスピードについて行けず、完全に置いていかれた。

「どうする」。大見監督の問いに磯松は「高校生活最後のレースです。行けるとこまで行かせて下さい」と熱っぽく応じた。昨年2位に泣いた直後から、「来年こそ日本一になるんだ」とチームを引っ張ってきた主将が、最後に下した決断に選手たちが奮い立たないはずはなかった。

やはり渡辺は強かった。5.5キロからスルスルと前へ出ると、独走態勢。「一匹オオカミ」的な選手たちが渡辺を迫った。その中に、もがき続ける磯松の姿もあった。結果はトップの市船橋に37秒差の3位。ライバル西脇工は47秒差。「1区で30秒差ぐらいなら」と読んでいた大見監督の流れにピタリと乗った。

3区川波がタスキを受けた時は、44秒差。1キロで2位の白石をとらえると市船橋を追い詰め、7.3キロで並び、残り600メートルで力を振り絞るようにしてトップに立った。

「1区の強気の姿勢がチームを乗せ、弾みを生んだ」と大見監督。大牟田の優勝はすべて前年2位の悔しさをバネにした。いつも反省を忘れず、頂点を目指す姿勢があり、主将を軸にしっかりとまとまるチームは強い。

【石井 修】

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