男子第27回大会の記事

【「全国高等学校駅伝競走大会 50年史」(全国高等学校駅伝競走大会実行委員会・2000年5月発刊)より抜粋】

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大牟田が余裕の連覇

1位でゴールインした大牟田・高島
1位でゴールインした大牟田・高島

第27回大会は予想通りの強さを見せた大牟田が2時間9分57秒で2年連続2回目の優勝を飾った。1区の吉富がスタート直後から積極的に飛び出し、早くも“ぶっちぎり”の快走。2区以後もリズムに乗り、激しく2位争いを演じる小林と九州学院に4区までで450メートル余りの大差をつけて、勝利を確定的にした。終盤、小林が猛烈に追い込んだが、前半の貯金を守ってアンカー・高島が競技場のテープを切った。

大牟田から50秒遅れで2位は小林、3位は九州学院。4位にも九州勢の鹿児島実が入った。

■ レース評

1区で大差

大牟田の7人の走者がただ一度も後方を振り返ることなく黙々とゴールへひた走った。古都のアスファルトに心地よい足音を響かせて快走する大牟田の選手を見ていると、追われる立場のプレッシャーなどまるで他人事のように見えた。2時間9分57秒、大会史上4位の記録である。独走のため、2時間7分台どころか8分台も出なかったとはいえ、“横綱レース”がそれを帳消しにした。

独走のきっかけをつくったのは1区の吉富。スタートしてまもなく軽快にストライドを伸ばし、トップに立った。178センチの長身ながら無理のないフォームでひたすら突っ走る。トラックの高校ナンバー・ワンの自信からか、ほかの選手は眼中にない様子で橿原・米村、小林・山下らとの差をじりじりと広げた。3、4区に角田、佐藤の大駒を持つ大牟田はこの2人が期待にたがわず力走し、後半は小林、九州学院の2位争いがおもしろかっただけ。鹿児島実の4位入賞、1区で12位にいながら3区から急追して5位に入賞した初出場の埼玉栄の健闘は殊勲賞もの。1区で2位になった橿原の2年生・米村の力走も特筆されよう。

父に捧げるV

1区2キロ付近から他の選手を引き離し、全区間独走のきっかけを作った大牟田・吉富(右)の力走
1区2キロ付近から他の選手を引き離し、全区間独走のきっかけを作った大牟田・吉富(右)の力走

大牟田の1区・吉富悟君が2位に約150メートル差をつけ、1年生の寺本君にタスキを渡した時、鉛色の空から日差しが漏れた。「お父さん見てくれましたか」。心の中で悟君は空に向かって思い切り叫んだ。父重人さん、2年前体をこわして勤め先をやめてからも試合には必ず駆けつけ、声援を送ってくれた。今シーズン初め、重人さんは悟君に「インターハイ、国体、高校駅伝の1区を取り三冠王になれ」と。その重人さんが50歳で9月に亡くなった。

昨年この大会で同じ1区を走った吉富君は7位だった。“炭鉱の町”大牟田に帰った日から、次の全国大会へ向けて走り続けた。インターハイ、国体の5,000メートルは突破。体も178センチと一周り大きくなって自信がふくらんだ。「スタートから飛び出してやろう」。計算通り早くもトップに躍り出た。吉富君は例の上下動のあるフォーム、天性のバネが生きている。快調なピッチでラストスパートに入った、ちょうど折り返し点をUターンしたあたりに前監督の大見治夫はいた。入学してきたときやせっぽちでひ弱だった彼が、いま堂々とレースを引っ張っている。大見先生はここでチームの勝利を確信した。昨年監督としてチームを初優勝に導いたが、今年は病気で下川正弘先生にバトンタッチした。でも練習の現場には必ず顔を出し、吉富君との“マンツーマン”を続けてきた。

3区の角田君はさらに50メートル差を広げ、4区の佐藤君は大差をつけた。そしてアンカー高島君が“独走”レースを冷静に締めくくった。“V2”の原動力となった仲良し4人組は吉富、高島両君が実業団へ、角田、佐藤両君は進学と異なった道を歩む。これからの4人の合言葉は「モスクワで会おう」である。

【今堀 二郎】

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